よしもとばなな「スウィート・ヒアアフター」。

読み始めて数ページで、はたと二度見した。ページをめくり返した。
読み始めて数ページで死んでしまう、主人公の恋人は、うちの旦那と同じ名前だった。

幽霊アパートのモチーフは、私がすごく好きな短中編集「デッドエンドの思い出」の中の「幽霊の家」という話にも出てくる。そして、恋人がいなくなった後に恋人じゃなくてそばにいてくれる男性というのも、同じ本の表題作「デッドエンドの思い出」に出てくる。死にかける体験をした話も、南の島が出てくる話もあった。つまりは吉本ばななさんが何度も登場させたくなるような、とても気になるモチーフを使ってこの作品はつくられているということだ。

しかしあとがきを読むと、この小説は東日本大震災を「あらゆる場所で経験した人、生きている人死んだ人、すべてに向けて書いたもの」だという。そして被災地の読者からは読んで「安心した、息がつけた」という感想のメールをいくつももらったそうだ。
見たことのあるモチーフの中に、これは見たことがない、というモチーフも出てくる。吉本ばななさんの小説ではいつもそうだ。でもこの本の最大の「見たことがない」はラストだった。主人公の小夜ちゃんは新しく見える世界で、新しい恋人と生きはじめる、もしくはそれを予感させるように終わるのかと思った。でも違った。自分のことを好きかもしれないと思った人は別のものを見ていた。「私の目が傲慢だったんだ」と小夜ちゃんが思う、その言葉を気に入ってしまう。そして洋一のことをこれからも思いながら生きていく、少なくとも、まだしばらくは。もちろん小夜ちゃんは自分でも言っているように、いつかは誰かと結婚して子どもを産んだりもするのだろう。だけどまだその気配は見えない。そしてそうなったとしても、洋一の作品の諸々の権利の一部は小夜ちゃんが持っているし、これからも作品の管理は小夜ちゃんがするのだろう。形が変わったとしても、小夜ちゃんが洋一から全く離れて新しい生活を送る、ということには、小夜ちゃんが強く望まない限りならないだろうし、小夜ちゃんはそういう道を選ばなさそうな気がする。新恋人がそれを理解してくれるか、不安にはなるだろうけれど、それでもどうにか。

「息がつけた」のって、だからなのかな、このラストだからなのかなと思う。忘れなくていいんだと。思い続けてもいいんだと。まぶいを取り戻しても、取り戻さなくても、どちらでもいい。新しい方へ進んでいく話ばかりがメディアに登場するように思えるけれど、それに限らない。

そして個人的にも、名前のせいで、小夜ちゃんがこれからも洋一のことを思ってくれるのはありがたい。
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by hyuri07 | 2017-10-08 03:01 | 文学


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