2006年 03月 17日 ( 1 )

池。

高校の同級生がなくなったという連絡をもらう。

…ひとり、宇宙空間に放り出されたような気分になる。
私がいつもよりかかっているものがすべて取り去られたような、不安定な気分になった。
自分が生きているということがすごく不確かに思えた。
私は生きているのに、彼は死んだという。

児童殺傷事件があった付属池田小学校の卒業式の答辞の中に、
「命の切なさ」という言葉があったと、ニュースで聞いた。
彼のことを聞いて、その言葉を切実に思い出した。
命はときに、突然、終わってしまう。

彼が得意だったスポーツを、最初に思い出した。
アルバムは実家だったので、文集を手にした。
似顔絵が得意だった彼に、先生の似顔絵を頼んだことも思い出した。
ずいぶん強引に頼んでしまった。
ひどい委員に、彼は困りながらも、絵を描いて渡してくれた。

ありがとう。

卒業してからは会っていなかったけれど。
得意なスポーツを続けていたのかな。
そういえば、最初に連絡をくれたのは、同じ部活に入っていた子だった。

正月に同窓会をしたばかりで、連絡先を何人かと交換していたから、連絡が来た。
彼は、同窓会には来ていなかったけれど。

みなで集まろうと言った24歳まで、みなは元気で、
それが終わって離れてしまった。

人の死って何なのだろう。
誰かが死んでも、泣いたりわめいたりする人なんて、ちょっとなのかな。
すごく近い人は、お葬式の間中ばたばたして泣く暇なんてないかもしれない。
そしてそこまで近くなかったら、悲しい感情が生まれるものの、なかなか泣くところまで気持ちが振り切らなくて。
少し悲しい気持ちがあっても、昨日と同じ日をこなす。

人はいつか死ぬ。
死ってそんなに、暮らしの周りにたくさんあるものなのだろうか。
どれくらい悲しいものなのだろうか。
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by hyuri07 | 2006-03-17 09:02 | そのほか。