カテゴリ:映画( 50 )

風立ちぬ。

涙が流れて、止まらなかった。

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by hyuri07 | 2013-07-28 21:31 | 映画

のだめカンタービレ最終楽章後編。

単行本を読んだときにも思ったけれど、
「のだめ」の音楽(=その人が追いかけているもの)を描いた部分だけじゃなくて、
それとからんでくる恋愛の描き方が好きだ。

どちらかがどちらかを支えるだけじゃなくて。
相手に逃げ場や癒しだけを求めるんじゃなくて。

一人で旅をして、また戻ってこようと。
お互いががんばることで、お互いを引っ張りあげていこうと。
見失わなければいいと千秋は以前言っていたけれど、今回は完全に見失っている。
それでも、また戻ってこられた。

それから、
頑張って刺激を与え合う部分と、お互いの存在に癒しを感じる部分は、「ちゃんと分け」ようと。

刺激だけでなく、癒しだけでなく、
両方あることで、よけい相手の事を好きになれるんじゃないか、
よけい愛し合えるのではないか、
という提起は、重要だと思う。
うまく「分け」られなくて、二人の関係そのものが壊れてしまうような恋愛小説やドラマは今までよく見てきたような気がする。

二人が同じようなモチベーションで、
刺激だったり、癒しだったり、をしながら生きていけたらいいな、と思う。
ときに合わなくて、疲れたり寂しかったりするかもしれない。
それでも諦めないで、自分の思うことがありつつも
相手をできるだけ思いやって、一緒に生きる道を探りたい。

漫画とは少々違うところもあったけれど、
まあ、映画らしくするためには、と思える範囲内。
わかりにくいところをわかりやすく提示してある。その提示の仕方も目くじらたてるようなものはない。
きっと脚本家の方も「のだめ」がすごく好きなんだろうな、
だからわかるんだろうな、外さないんだろうな、と思う。

それにしても、これだけ長い連載を、
最後まで息切れしないで、エンディングまでぶれずに、
余韻を残しながら壮大に描ききったというのは本当にすごい、と思う。
(しかも、おまけを一巻分描くほどの余力を残しているのだ)
長く連載した漫画のこれだけ見事な終わり方というのは、よく考えたらそうそう見たことがない。
そしてそれを最後まで映像化できたのも、フジテレビの力があってこそ。
ドラマが始まったときは、まさかこれが最後まで、ヨーロッパまで行って映像化されるなんて思ってもみなかった。
映画の回想シーンで連ドラのときの映像も出てきたけれど、
このドラマが最初からきちんと作りこんであったことがわかる。
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by hyuri07 | 2011-04-24 02:00 | 映画

『ノルウェイの森』映画。

小説をぎゅ、ぎゅーっと圧縮して、短くしたら、あんな感じになるんだろう。

小説の印象より、恋愛と身体との問題に重きが置かれているように感じたが、一緒に見に行った子はそうは思わなかったらしいので、実際にはそうでもないのかも。ただ私には強く残ったのかもしれない。
びっくりするほど、小説を覚えていた。せりふを聞いていて、あ、この言葉をカットしたな、というところまでわかったのだ。たとえば、ワタナベくんと緑との、緑の家でのやりとり。ショートケーキを窓から投げる話。
「そうしたらどうなるの?」
「愛してあげるの。」
二つ目の緑のせりふ、原作ではこう。
「私、そうしてもらったぶんきちんと相手を愛するの」
私は原作のこのくだりがけっこう好きで、自分の恋人にしゃべったこともあったくらいだった。映画を見て、私は「そうしてもらったぶん」という言葉が特に好きだったんだな、と気付いた。恋人が苦労して買ってきたショートケーキを投げる「ぶん」愛する、というのは、緑のほうにもそうとうの覚悟や責任がなければできない。そこになんだか深く納得していたのだ。その言葉がカットされるというのは考えてもみなかった。でも、それがトラン・アン・ユン監督の見方、解釈なのだな、と思うと、おもしろくなってきた。
仮定法現在と仮定法過去とか、蝶のかたちの髪どめとか、小説はたくさんのディテールを積み重ねてできている。2時間あまりの映画で、そのすべてを盛り込めないのはもっともだ。映画に出てきたものは、監督がどうしても必要だと思ったもの。どれを採用するのかという監督の選択を見るのは楽しかった。小説と違うところがいろいろあっても、べつものという感じがしなかった。この小説はこんな話だ、と監督がつかんだものをもとに、監督の視点によって、ぎゅうと短くされているのだ。
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by hyuri07 | 2010-12-31 02:01 | 映画

『崖の上のポニョ』をさらに考える。

たとえば、

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by hyuri07 | 2010-02-06 02:35 | 映画

『崖の上のポニョ』。

たとえば、

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by hyuri07 | 2010-02-05 23:33 | 映画

『ラストラブ』。

サックスがうまい訳ではなかった。でも、ちゃんと味があった。彼女が泣くのがわかった。

この映画を何度か見ている父によれば、主演の田村正和さんは劇中のサックスを自分で吹いているのだそうである。
あのお年でそれだけでもすごい、そしてそのサックスが聞かせるものになっている。
アドリブを吹く場面はない。テーマだけ。それもほとんどがミディアムやスローテンポのもので、指が早いような場面はない。確かに、音をなぞるだけならそれほど難しくはないのだろうと思う。
だけど田村さんの音は初心者には聞こえなかった。他の誰にも吹けない音に聞こえた。ヴィブラートをかけているところもあった。それに気付いたのは私がさっき教本でヴィブラートのかけ方を学んだばかりだったからだ。田村さんの音の奥では、聞かせるサックスにするための技が磨かれているのだ。

あと、伊東美咲が私より若い役で、ちょっと衝撃を受けた。。。
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by hyuri07 | 2010-02-03 23:25 | 映画

『プラダを着た悪魔』。

見始めて、なんか、

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by hyuri07 | 2010-01-16 00:51 | 映画

『硫黄島からの手紙』など。

言っていることは、ハリウッド映画も同じだった。

戦争を扱った最近の作品は、命をささげる姿というよりは、主人公が生きようとする姿が描かれることが多いと思う。そこに視線を注ぐこと、当時生きていた人たちも今の私たちと同じような感覚を持っていたとはっきり伝えることが、若い世代に、戦争は繰り返してはならないと、より強く伝えることになっているのかもしれない。
この作品もそうだ。主人公の西郷は生き抜こうとする。投降することも厭わなかった。
戦場の人々も、軍隊の規律に従う表の姿だけでなく、思い出があったり声が震えたり、人間味溢れる姿が描かれている。「手紙」はその象徴だ。

私の親戚筋にも硫黄島で亡くなった方がいると聞いたことがある。他人事ではない。

辛い場面に何度も目をそむけながら、最後まで見た。

そかばんの「永い夜」を聞いてから、ときどき新聞の国際面を開く。日本以外のニュースが1ページに詰まっているので、一つ一つの記事が簡潔だ。しかも事件の過去の経緯も簡単にまとまって一緒に載っていたりするので、実は読みやすいページだと知った。世界では私の知らない出来事がたくさん起こっている。自分が普段見ている世界の小ささに気付く。
「戦争はたぶんなくならないだろう」と歌う「永い夜」から、「戦争をしてはいけない」という気持ちがエネルギーいっぱいに放たれている。戦争はたぶんなくならない。自由もたぶん手に入らない。それでも、戦争を許してはならないし、人は自由であるべきだ。「永い夜」はロックの音や歌い方も含め、そういう気持ちを伝える表現なのだ。
「いのちのうた2009」の記事にも書いたが、そうやってそれぞれの時代にそれぞれのやり方で芸術家が伝えることで、気持ちがたくさんの人に届いて、次の世代へつながっていくのだろう。それがなければ、気持ちが伝わる範囲がぐんと小さくなってしまう危険があるような気がする。
そして、そうやって気持ちを届けようとしているのは、ジョンの言うように一人じゃないし、映画を見てもわかるように、この国の人だけでもないのだ。
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by hyuri07 | 2009-08-19 01:02 | 映画

『人のセックスを笑うな』とか。

なによりどきどきしたのは、

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by hyuri07 | 2009-07-18 01:39 | 映画

『かもめ食堂』。

ほわほわとした不思議な映画だった。

確かに、画面に出てくるごはんはおいしそうだった。
だけど前半に出てくるお客さんはコーヒーしか頼まない人が多かった。
ごはんを中心に画面作りをしているというわけではないことがわかる。

「変わること」についてのメッセージがわかりやすく入っている。
でもさちえさんが「変わる」ところをもっと入れてもいいのかな、と思った。
一人でフィンランドに店を構え、みどりさんを拾い、いろんなことがわかっているようなさちえさんの、わかっていないところがもう少し見たかった。そうでないと、さちえさんがなんでもわかるすごい人に見えて、自分との共通点が探しにくくなってしまうのだ。

それでも、フィンランドの食堂の映像は、温かみがあって綺麗で、前向きなメッセージがあって、
元旦にのんびり見るにはうってつけの映画であった。
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by hyuri07 | 2009-01-02 00:12 | 映画