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城。

先日、某公務員試験で、「E.サイード」についての問題が出ていた。
サイードについての問題は、去年の春も、出版社の筆記試験で出た。
去年の秋にも、新聞社の試験で出た。
サイードを知っているだけで三問も解けたわけである。

運のいいことに、私は最初の試験から、サイードを知っていた。
その前の年の秋に、オーストラリアの多文化主義と文学を扱う授業の中で、プリントが配られ、サイードが紹介されたのだ。ちょうど、亡くなったばかりのときだった。それをしっかり覚えていたわけではなかったけれど、最初の試験の問題文を読んだときに、「もしかしたらあのとき授業でやった人かな・・・?」と思えたのだ。

彼のことを覚えておくとけっこう使えるかも、と思います。
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by hyuri07 | 2005-06-30 11:36 | そのほか。

いちばん長い夜。

「土屋礼央のオールナイトニッポン」の最終回を聞く。
れおくんは本当にいい人だった。
いつもそれが伝わるラジオだった。
ありがとう。

オールナイトニッポンの最終回を何回か聞いたけれど、
その後「オールナイトニッポン エバーグリーン」へつなげて聞いたのは初めてだ。
あんこうさんはれおくんに優しく言葉をかける。
れおくんのリスナーが先回りしてエバーグリーンにリクエストしている。いっぱい。
そして、れおくんへの思いを込めて、ラグフェアの曲をかける。
しかもそれは、れおくんのオールナイトニッポンでは触れられなかった部分だった、
今までの最終回は、終わったとたん、別の人がいきなりとても明るく入ったりしていて、そのギャップに、ついていけなくなることもよくあった。(録音だったのだろうけれど。)
あんこうさんは帯でやっていらっしゃることもあってか、「自分が」という前に、れおくんへ送る時間を、ゆっくりとってくれた。
れおくんのオールナイトニッポンが終わってどうしても寂しい気持ちになっていたリスナーや、れおくんやスタッフの皆さんを、優しく包んでくださった。
ありがとう。

今頃れおくん泣いていないよね。

ずっと聞いているわけではなかったので、結構最近になって驚いたのは、れおくんがたくさん詩や曲を作っているということ。番組のジングルもたくさん作っていて、それが発展してできたズボンドズボンの曲も複数あった。aikoさんのときは、そこに辿り着くまで結構大変そうだったのだが、れおくんは軽々と、ラジオと本職を行き来している感じがした。
多分、詩や曲を作ることが、本当に好きなのだろうなと思った。それなしに、こんなにたくさんのジングルはできないのではないかと思う。
「数学なんて関係ない」は、そういう考え方もあるのかと驚かされた。名曲だと思う。

れおくんがいい人であるということが、歌からもネタからも、いつも伝わってきました。
それに救われていました。
ありがとう。

ラグフェアのこの前のシングル曲がかなりいいなあと思ったし、
ラジオで会えなくなってもれおくんに注目してしまいそうです。

またどこかで会えるよね。

ありがとう。
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by hyuri07 | 2005-06-29 03:25 | 音楽

すくなからず。

大学院に入って、いろいろなことを深く考えようとはするようになったと思う。
考えるのが仕事のようなものだし(お金を払うかもらうかの違いはとても大きいけれど)。
学部生のころ、特に一・二年生のころと比べたら、いろいろなことをいろいろな面から、また深く、考えられるようにはなったと思う。
大学院に入ったからというよりは、卒論を書いたこと、院試に向けて勉強したことが、大きかったのではないかと思う。問題意識を持って、授業を受けたり、周りを眺めたりし始めたことが、今につながっているのだろうと思う。ただ、自分がいろいろ考えていると気づいたのは、大学院に入ってからだ。
もしかしたらそれは、自分を、他の人と違うと、考えていることの表れなのかもしれない。
考えようとはしているけれど、はたしてそれは有効的な考えなのだろうか。
他の人を下に見ていないか。壁を作っていないか。
こういう考え方を一度やめることが必要なときも、これから出てくるのだろうな、と思った。
そうすることで、他の人がどう思っているのかを知ること。
それもやっぱり他の人を下に見ているのだろうか?

ただ、違うだけなのだ。どっちが偉いとかではないのだ。
ただ、考えてしまうだけなのだ。
偉いとか賢いとか言われたら、どうしていいかわからない。
私には本当に、できないことがいっぱいいっぱいあって、
院まで行って、ようやく辿り着いた「できること」が、「考えること」なのだ。
できるだけ考えないようにして、人と馴染もうとすれば、また、「できること」を失うわけで。

できるなら、身につけた考え方を生かして、生きていければと思う。
でも、社会に出たら、それって、邪魔にされることもあるような気がする。
生かせる場所は少ないような気がする。
だから、大変な競争になって、エリートが生き残って。
考えるだけで、実際になにかすることは、努力はしても得意とはいえない私は、生き残れないかもしれない。
そうしたら、考え方は、邪魔にされるのかな。

そんなことないのかもしれないけれどね。
でも、私には、人とうまくやっていくという能力が欠けていて、
夏休みは、そこを考えていかなければならないのだろうと、思う。

・・・やなかんじのことばなのかな。
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by hyuri07 | 2005-06-28 01:51 | そのほか。

いつものこと。

お酒を飲むのは好きですが、
飲み会の帰り道は、三回に二回はへこんでいます。
酔って動けなくなって人に迷惑をかけるようなことはほぼないですが、
一人になるとへこむという酔い方をするわけです。
いつもなら、嫌なことがあれば、お酒を飲んで忘れることもできるのですが、
このへこみは、酒では解決できませぬ。

目は冴えているけど早く寝たほうがいいのかな。
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by hyuri07 | 2005-06-27 01:05 | 日常生活。

思ったことを。

昨日の比較文学の授業では音について考えた。
谷崎潤一郎『痴人の愛』で、薄い壁を通して音が聞こえることが、直接に聞こえるのとは違う効果をもたらしているというようなことを聞いた。
西洋から見れば、日本には、垣根とかすだれとか、直接にでなく音が聞こえる空間がいろいろとあるらしい。
そう考えたとき、平安時代の貴族は、結婚するまで相手の顔を見なかったということを思い出す。ずっと、御簾越しに話していたと。
それって、姿をしのぶようでいて、実は逆に誘惑させるものだったのではないだろうか。
なるほど・・・。
平安の女性たちはそうやって男を落としていたのかもしれない。
現代ならどうだろう。電話はちょっと隔てられすぎている気もするなあ。あまりそういう状況はないかもしれないけれど、薄い壁越しというのは、やはり誘惑的かもしれない。
試す価値はあるかも、と思ってしまった。

もう一つ、前々回の「義経」で、天皇が御簾越しに、しかも間に人を入れて話しているのを見た。
ここでは、天皇の言葉を重々しく、高貴なものに聞こえさせていると思う。
あれは、天皇は高貴だからそうする、というのもあるかもしれないけれど、
逆に、そうすることで、言葉を重々しくし、命令を聞いてもらいやすくする、という効果も、あったのかもしれない。
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by hyuri07 | 2005-06-26 01:10 | 文学

子は鎹。

あぁ、終わっちゃったなあ。

終わってしまったな。

最終回がとびぬけてよかった、ということではなくて。
引き合わせ方なんかは、すっきりとしていた。
望んでいた結末へ動いた。

もとの落語の話をわかっていたほうが楽しめる、と「饅頭怖い」のときに気づいたので、今回も先に読んだ。初めて、一パターンだけでなく、三人分、三パターンのものを読んだ。
父が昔買った『古典落語』(神津要編)のうち二冊を借りて下宿に持ってきたのですが、その中にはなかった。今日の夕方、図書館で探す。「子は鎹」という題では見つからなくて、インターネットで「子別れ」の下の部分だと知り、「子別れ」「子宝」、上中下さまざまな組み合わせを読む。
気合を入れてしまった。

もちろん、泣けてしまう。
前半から泣きそうになっていたけれど、どっと泣けたのは師匠が、彼を迎えにいけなかった訳がわかったところ。

でも、最終回だからと気負ったこちらの心の上のほうを吹いていく風のように、タイガー&ドラゴンは、終わった。

落語が、現代の話になるとは、思わなかった。
でもいつも、話は絡んで、おもしろかった。
やくざと、噺家。
やくざを一方的な悪者にすることなく、
若者は自分の生き方を考えていた。
もう一人の若者も、考えていた。
殺しさえ、出てきた。
いつもおもしろくて、笑わされて、気づきにくかったけれど、振り返ってみれば、根底を流れる深いテーマがあったのかもしれない。
気づきにくいからこそ、「ニート」だって笑わせる道具になっていたのだ。若者に生き方を反省させるようなものには、ならなかったのだ。

蒼井優ちゃんは今まで大人っぽい役ばかり見てきたけれど、本当はベビーフェイスで、かわいい人だった。
チビTはじめ、どの人も、魅力的で。

なんだかうまく言えないけれど、
私の中では、今まで見たテレビドラマの中で、ベスト3,4を争うものになっている。
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by hyuri07 | 2005-06-25 00:23 | タイガー&ドラゴン

傷。

「マルバレ」を久しぶりに見る。
四月から久本雅美さんがレギュラーに加わって、どうなるだろうと思っていた番組だ。
久本さんはなじんでいる感じがした。
敦くんの恋愛術を「いい!」と言うキャラのようなものもついていて、それもいいと思った。
ただ、小沢真珠さんがしゃべる機会が少し減っていたような気がしたのが残念だった。
「メンタルヌード」から続く心理テストのコーナーをメインに据えたのも、いいと思う。やはりこのコーナーがいちばんおもしろい。
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by hyuri07 | 2005-06-24 09:47 | テレビ

血と罠。

「赤い疑惑」を見る。
先週から引き続き、んん、と思う箇所が、ところどころあった。
今は白血病の治療法が進歩し、不治の病ではなくなった、だから当時の年代設定のままリメイクする、というのは、いい。
気になるのは、その描き方も、古いままのようだということだ。
まず、音楽。当時のものをそのまま使っているのだろうか。なんだか古い感じがする。描くのは当時のことだとしても、現代において人をひきつける作品として、もっと洗練したものに仕上げてほしかった、と思った。この音楽の使い方に、当時はよかった、とする懐古趣味のようなものを感じてしまった。
他に、先週の場面からだが、例を上げてみる。退院が決まって、父親がそれを幸子に告げたとき、幸子は「おとうさん、うれしい」といって、ベッドの上から父親にとびついた。なんだかここも、古い感じがするなあ、と思った。喜びの表象として、人に飛びつくというのは、いまやよくあるものになっていると思う。もっと他の表象のしかたもあるはず。それを探ることで、現代の作品としてさらに洗練されたものになったのではないかと思う。
石原さとみも、藤原竜也も、いいと思う。だからこそ、惜しい。このままでは、懐古趣味と、韓流ブームにのった純愛を描く、おばさまたちが好きそうなドラマで終わってしまうのではないかと思う。
ただ、私は最初のドラマを知らないから、こんなことが言えるのかもしれない。山口百恵さんという人はきっとすごい人だったのだろうなあ。
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by hyuri07 | 2005-06-23 04:06 | テレビ

今後。

久しぶりに火曜日に家にいて、ドラマを二本見た日。

昔司法試験を目指していた父は、「離婚弁護士」の筋書きはそんなにおもしろくない、と言った。
そう言われて見てみると、確かに、法律にまつわる話はそんなに複雑ではない。意外なことに、わりとストレートなのだ。
でも、「脚本がいい」という声も聞く。確かに、文句なくおもしろい。
父はおもしろさの理由を「間宮貴子のキャラクターやろ」と言った。
それだけでないと思う。
法律にまつわる話自体はそれほど複雑ではない。
それをおもしろくしているのが、脚本だと思う。
もちろん間宮貴子のキャラクターもいい。今日、落ち込んでいる表情も、こちらまでせつなくなった。
周りの人のキャラクターもいい。
話の運びもいい。
多分、法律の話を複雑にすると、おもしろいと感じる人もいても、よくわからなくなる人も増えるという考え方なのだろう。複雑でない話でも、見せ方でおもしろくする。そういう意味でこの脚本には力があると思う。

「曲がり角の彼女」も少しみる。
どうも要潤さんが気になってしまう。かっこいい。
というわけで公式ホームページを見て驚いた。まだ24歳だった。
この話でも27歳くらいの訳だし、去年の「ラストプレゼント」でも25歳くらいの役だった気がするし。そうなんだ。
昼ドラ「新・愛の嵐」のころから知っているけれど、タモリさんが自分と似た系統の顔だと主張していたのも知っていたけれど、今回の副社長役で、かっこいいとやっと気づきました。
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by hyuri07 | 2005-06-22 03:19 | テレビ

白と緑。

ドラマ『雨と夢のあとに』の原作を立ち読みする。
柳美里さんの作品だと聞いていたから、原作はこんなにきれいじゃないだろう、と思っていたけれど、やはりそうだ、と思える部分もあった。
雨は原作では小学生だった。いまどきの小学生っぽい描写があった。
でも、主人公は雨だとはっきり感じた。
ドラマは、私は父親に共感する時間が長かった。娘を置いていかなければならない悲しさ。
父親の視線で作られていた部分も多かったのではないだろうか。
雨ちゃんが主人公だとあまり感じられなかった。
主演の黒川智花ちゃんの負担を減らすような意味があったのだろうか。
そうだとしても、もう少し雨の視点でつくられていてもおもしろかったのではないか、と思った。
結局智花ちゃんはいい演技をしていたし。
ただ、原作と設定をだいぶ変えたのは、それもよかったのではないかと思った。きれいなのもいい。原作者がおっけーを出したなら、だけれど。
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by hyuri07 | 2005-06-21 02:12 | テレビ