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Message from SkyMail

わからないこと、ついていけないことは、勉強だと考えよう。
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by hyuri07 | 2005-07-27 11:20

風見鶏。

ちゃんと報告できていなくて申し訳ないのですが、
7月20日より、地域づくりのインターンとして、ある地方へ行っています。
ネットも使えませぬ。
携帯の電波は入るところが多いので、少しずつでも更新していければと思っています。

行って思ったことはもちろんたくさんありますが、
今日書こうと思うのは、男と女について。
ある祭りの主役は男性のみだったり、今は女性が参加できるものも昔は参加できなかったり。
女性はどちらかというと、家で食事を作って支える、といった役回り。
あとは、「女性の方、ご飯をよそってあげて」と言われたり。
普段暮らす中ではあまり感じなかったけれど、行ってみて、男と女という違いが意識されているところなんだな、と思った。
女性学も、女なら皆持つだろう程度の興味で少し勉強した。ばりばりのフェミニストなら、「女性だからご飯をよそうなんてどういうことや!」と怒ったかもしれない。でも私は、この地方にそういう考え方があるなら、私が壊せない、と思ってしまった。祭りのとき、交代で唄をうたうのだけれど、うたっているのは男性ばかりだった。私も唄を教わったが、教えてくださった方が女でもいいと思っていらっしゃっても、他の人はそう思わないかもしれない、と思うと、皆の前ではうたえなかった。
こんなスタンスでいいのかな。
でも変えるのは怖いな。
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by hyuri07 | 2005-07-26 08:24 | インターン

変わっていく。

東京で地震があったとき、携帯圏外にいた。
そのころ、携帯電話がつながりにくかったらしい。
・・・つながりにくかったなんて、知らなかった。
混乱に巻き込まれなかったことがちょっと誇らしかったり。
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by hyuri07 | 2005-07-25 08:22 | 日常生活。

Message from SkyMail

夜の海をごく自然に感じたとき、ここに住めるかもしれない、と思った。
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by hyuri07 | 2005-07-24 15:18

Message from SkyMail

姉妹って比較される運命。
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by hyuri07 | 2005-07-22 16:20

Message from SkyMail

インターンシップ先より。
北枕を気にしたのは私だけだった。
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by hyuri07 | 2005-07-21 00:38

Message from SkyMail

夜明けも深夜も好き。
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by hyuri07 | 2005-07-18 11:35

制限。

「女王の教室」を見る。
ネットの掲示板には賛否両論の書き込みが大量にされているみたいですね。
私は前の回を見ていないので、その分はなんとも言えませんが、今回分を見て思ったのは、
あの教師、あくつまやには、いいところも悪いところもあるだろう、ということ。
教師とか、人とか、みな両面を持っているのではないだろうか。
反論を承知で書けば、金八先生みたいなとにかく「いい先生」と思われている先生って、本当にいるのだろうか。
教師にはいろいろな人がいたほうがいいのではないかと思う。彼女も、その一人なのでは、と。
そしてもちろん同時に、子どもたちも、いい面と悪い面を持っている、と思う。

個人的な感想としては、「ドラマとしては楽しめる」ということ。
クラスメイトや、親友だと思っていた子に裏切られるなんて、「一致団結なんて無理」なんて、野島信司ドラマが大好きな私にとってはもうかなり好きな展開です。暗いドラマ好きなのです。『バトル・ロワイヤル』を少し思い出したりもします。
ただ、子どもが見ている時間帯だとか、教育的配慮が必要とかいう意見を掲示板で見ると、うーん、と思う。教育問題は専門ではないし、どういう影響があるとか、ちゃんと反論できない。
ただ、ドラマであって現実でない、そう考えると楽しめるドラマだとは思う。

もし私が小学校六年生で、担任があくつまやだったらと考えると。
きっと反抗していただろうなあ。なまじ勉強は苦手でなかっただけに、たちのわるい反抗の仕方をしたのではと思う。
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by hyuri07 | 2005-07-17 23:58 | テレビ

捨て駒。

スターウォーズを流しながら掃除をするとはかどった。
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by hyuri07 | 2005-07-16 08:48 | 日常生活。

お届け。

(続き)
「思う」と使い方が似ている動詞に「考える」がある。「考える」はより深く考えている感じがする。でも「感じる」のように心が動く感じではない。
「感じる」は、もともとは五感の機能が刺激を受けることを言うのではないかとも考えられる。しかし、例えばものを見たとき、「感じる」とはあまり言わない。聴覚でもそうである。味覚、嗅覚、触覚のほうが「感じる」を使うのではないかと思う。
このことを考えると、視覚と聴覚は、起きている間ほとんどずっと、何らかの刺激を受けている。しかしそのほかの感覚はそうではない。刺激を受けていなかったところに刺激を受けると、心が動くのではないだろうか。

この項、よくわからなくなってきたので、とりあえず終わります。また思いついたら書きます。
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by hyuri07 | 2005-07-15 11:54 | 文学