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ちさちさ。

「堂本兄弟」でエキサイトブログを検索したら、キンキファン、ポルノファンに混じって、篠原ともえファンがいたり、土屋公平さんファンがいたり、朝倉大介さんファンがいたり、所ジョージさん好きがいたり、下川みくにさんを気にしていらっしゃる方がいたり、広島弁ver.が気に入らない方がいたり、でなんだか面白かったです。
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by hyuri07 | 2006-09-30 01:16 | テレビ

浅井健一「Way」。

アレンジがかっこよかった。素晴らしかった。間奏とか終わり方とか。本当にかっこよかった。
でも詞とかコードとかメロディーとかはそれほどかっこいいと思えなかった。のめりこめなかった。ライブハウスには、こういうジャンルの曲を演奏しているバンドはたくさんいる。一度聴いただけだからかもしれないけれど、詞やコードやメロディーについて、ライブハウスのバンドさんたちと明確に違う部分があるのだろうか?と思った。
でもアレンジは明らかに違った。こんなアレンジをするバンドさんはいままで聞いたことがない。そこに浅井さんらしさがあるのだからそれで万事いいのかもしれない。
私が個人的に腑に落ちなかったというのは本当に小さな、ささやかな、trivialなことで。
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by hyuri07 | 2006-09-30 01:03 | 音楽

「堂本兄弟」を見る。

「アポロ広島弁ver.」を見て、つい、泣いてしまった。
愛を感じた。広島への愛。拓郎さんの愛。ポルノグラフィティのお二人の愛。
多くの人が持つ故郷への愛を呼び覚ます歌だった。
大ヒットした曲を、無理なく広島弁にできたのは拓郎さんに技があったからでもあるだろう。
温かい曲だった。

思えば「LOVE LOVE あいしてる」が「堂本兄弟」になり合わせて十年も続いているのも、拓郎さんがキンキキッズの二人を育てたからだ。始めたときは17歳、歌うアイドルだった二人にギターを教え、バンドを組ませ、一流のものにたくさん触れさせながら音楽のすべてを教えた。そうして二人は、アイドルでありながらミュージシャンとしての顔を持つようになった。番組が「堂本兄弟」へと変わったのは、拓郎さんが、伝えるべきことは伝えきったと思ったからだったのだろう。今、剛くんがソロ活動で独自の世界を作り出しているのも、光一くんがすばらしい曲を書いているのも、拓郎さんなしではきっと在り得なかったことなのだ。光一くんが進行を止めてまで「拓郎さん来てほしかったな」とつぶやいたのは、私にはうかがい知れないほどの拓郎さんへのお礼や愛を、テレビという制限された中でも伝えたいと思ったからなのだろう。
そしてもちろん、キンキキッズがトップアイドルでなければ続かない番組でもあった。どんなに凄腕のミュージシャンの前にも臆せず立てる、アイドルとしての輝きが彼らにはあった。人気もあった。そしてそれでいながら、ミュージシャンとしての実力をつけていった。だからこそ、視聴率が大きく落ちることもなく、今まで続けてこられたのだろう。

妹が剛くんのファンであるせいか、自分もどうしてもキンキキッズさんをひいき目で見てしまっているようです。
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by hyuri07 | 2006-09-29 21:16 | 音楽

めめし。

「生誕100年記念 ダリ回顧展」を見る。

晩年の絵には、巨匠と認められていたからこそ描けるものなのではないかと思うものがあった。亡くなるまで世に高く認められることのなかった宮沢賢治の作品を研究しているせいか、作者について考えるとき世に認められていたかということはいつも気になる。ダリは生きているうちに、自分の名を冠した美術館を大掛かりに建てられるくらいだった。いちばん最後のほうに飾ってあった「世界教会会議」などでは、最初のほうの作品にあったような悲しみや愛は、あまり感じられなかった。「巨匠」となれば、余裕を持って好きなものを描ける。絵に変化が出ることは悪いことではないと思う。それでも、私はもっと前の、エッジの効いたぎりぎりの感じのある絵のほうが好きかもしれない、と思ったりする。
(続くかも)
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by hyuri07 | 2006-09-28 23:26 | 文学

めくめく。

新宿のマクドナルドで、高校生カップルの男の子が女の子に英語を教えていた。asの訳し方とか、whichの制限用法と非制限用法との違いとか。その教え方はとてもうまかった。
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by hyuri07 | 2006-09-27 12:41 | 日常生活。

かなかな。

雑誌だけではない。服も雑貨も、お洒落なものばかりだった。新宿や渋谷にいたせいだとは思うが。
キーワードはたとえば「デザイン」「リラックス」「ロハス」。そして「新しい〇〇」(〇〇には町の名前が入る)。たとえば体にいい料理を作ることやそれをする人もお洒落なのだ。そういう雑誌が、お洒落っぽい本屋だけでなく、(駅でなくファッションビル内ではあるが)ブックファーストに溢れている。
大雑把に言って、東京がお洒落を追い求めるとすれば、名古屋はきれいを、大阪はおもろいを追い求めていると言えるかもしれない。
東京で「ダサい」要素をまだあまり見ていない、と思った。たとえば大阪のおばちゃんの服のヒョウ柄のような。もちろん私が見たのは東京の一部だから、確定的なことは何も言えないが。
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by hyuri07 | 2006-09-26 16:45

Message from SkyMail

東京にはお洒落っぽい雑誌がたくさんある。
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by hyuri07 | 2006-09-25 19:19

簡単な恋=ありえないもの。

小柳ゆき「あなたのキスを数えましょう~You were mine~」を久しぶりに聞いて、なんだかだいぶわかってきた気がする。
You were mineだからこそ、今without youであるのは、相当辛いことなのだろう。
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by hyuri07 | 2006-09-24 00:06

こいぬさん。

宮沢賢治の作品のどこが好きかと聞かれれば「せつないところ」と答えるかもしれない。
前にあげた『土神と狐』のせつなさは言うまでもないが、恋愛の要素のない話でも、せつなさが残るものはかなり多いと思う。『どんぐりと山猫』の最後に少し残るせつなさ。『セロ弾きのゴーシュ』でも、音楽会での演奏はとてもうまくいったのに、最後はせつなく終わる。『鹿踊りのはじまり』で、嘉十が鹿の中に交じれず「苦笑い」をするせつなさ。
せつない好きの方は読め、と言いたい。私を含め、そういう人はときどきいる。
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by hyuri07 | 2006-09-23 12:19 | 文学

(続きです)

奥さんを描いた絵より、仲良くなった娼婦を描いた絵のほうが、背景が明るかった。
それも、見たままに描いたのだろう。
・・・少し切なかった。
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by hyuri07 | 2006-09-22 12:15