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ココナツ。

夏が終わる。

人生変える夏やった。
忘れられない夏になった。

休みはなかったけど、自然と触れ合った。
蝉のぬけがらを集めた。アブラゼミだった。

夏が終わっても、
この記憶は消えないよね。

消さないように自分が、大切に、でも生身の形で持っていよう。
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by hyuri07 | 2007-08-31 23:58 | そのほか。

友達論12(また続き)。

就職活動のときともうひとつ、人からどう見られているかということに気を配っていたのが、バンドをやっていたときだった。よい演奏をするのはもちろんだけれど、スカバンドだし、それだけではお客さんの心をつかめない。一挙一動、お客さんを盛り上げるものであったほうがいい。衣装だって大事だ。

だけどそれは見た目のことを言っているだけだ。面接にしたって、限られた空間での自分を見せているだけだ。その場で人間的な、全人格的な交渉をしているわけではない。(人間的交流をされる方もいるかとは思いますが。)

もっと多面的に人から見られる場面で、人からどう見られているかを考えすぎると、しんどくなってしまうのでは。
そんなとき友達論11に書いたことを思い出したいと思うのです。

なかよくなったと思ってしまえば、懐近くにとびこめる。より多くのことを話せる。思い切って誘える。
自分の心持だけで、つきあいかたが変わる。
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by hyuri07 | 2007-08-30 21:50 | 友達論

友達論12(続き)。

その面はたぶんどうしてもdark sideなのだろうと思う。自分でもなんとかしたい。

でも、人にはもっと他の面が強く見えているのかもしれない。
自分でも意識していないようなことをdark sideとして見ているかもしれないし、自分が気づかないよい面が見えているのかもしれない。
人にはどの面が見えているのか。人にとってどこがよい面でどこが違うのか。それを考えることは大切なことの一つなのかもしれない。就職活動で面接対策をしているときは、ずっとそのことを考えていた。

でも人といっても人によって受け取り方が違うだろう。同じことをいい面と捉える人もいれば、よくない面として捉える人もいる。就職活動なら「仕事の場で」と少しは限定できるけれど、そうでない場合にはそうもいかない。
人からどう見えているかを考えることは神経を使う。やりすぎると疲れてしまうのではないか。
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by hyuri07 | 2007-08-30 00:45 | 友達論

友達論12。

「友達論11」を読んだ方々からご意見をいただいた。Dの面は本当にdark sideなのか?自分ではそう思っていても、人はそうは思っていないかもしれないと。もしかしたら魅力なのかもしれないと。

そうなのかもしれないと思った。
自分の思うdark sideと人の思うdark sideは、違うのかもしれないと思った。
私がdark sideだと思っている面の一つは、その場の雰囲気に流されやすいことだ。大切な約束を主張しきることができなくて、反故にしてしまうようなことがある。
(続く)
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by hyuri07 | 2007-08-28 01:10 | 友達論

うたごえ3。

寂しいけれど、自分の書いた文章に励まされる。
(「私の四日間/お盆」8月17日)
寂しいのは、それだけ大切なことを持っているからだ。
また会いたいと思える仲間。友達。
楽しい記憶。夕方の海。小なのに山盛りのチャーハン。カラオケ。ほかにもたくさん。
もうあの楽しい日々は戻ってこない。過ぎ去ってしまった。
でも私には大切な思い出がある。
それだけで幸せなのだろうと、思う。
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by hyuri07 | 2007-08-26 00:04 | そのほか。

うたごえ2。

社会人としても人間としても、まだまだひよっこの私が、無事にしかも楽しく講習を終えられたのは、周りの皆様の温かくて広い心のおかげではないのだろうか。
まだひよっこでしかない私には、自分が未熟であることで、周りにどれくらいの迷惑をかけ、気を遣わせていたのかということが推し量れない。

ひよっこの私が、周りの皆様に貢献できることはあったのだろうか?
何かしらあったらいいなと願っている。


自分がこんなに心を許すことができたのは、なかよくなった方々がお兄さんお姉さんであったため、自分のことを許しておいてくれたからだろうか?という思いがきざした。結局、対等にはなっていなかったのだろうかと。
そんなとき心の支えとなったのが友達論11に書いたことだった。自分がなかよしだと信じていればなかよしなのだと。一方的でも構わないと。
なかよくなった方々にメールを書いて、送って、散歩に出て、返事が来るまでの間どきどきしていた。相手はそれを読んでどう思っているのだろうかと。でも、きっと自分のメールを嫌がったりはしないだろうと、信じていることができた。
帰り道に立て続けに返事が来て、読んで号泣した。携帯電話の向こうとこちらに分かれているけれど、つながっている気がした。思っていたことが伝わった気がした。
私は今まで、なかよくなった方々との絆をうまく結べずに、もったいないことをしてきたのではないかと思った。
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by hyuri07 | 2007-08-25 23:58 | そのほか。

うたごえ。

 本当は、あのとき流れた音楽を聴くだけで寂しいし、今日の日付を書くだけで寂しい。

 人とつながるということを、教えてくれた。
 S講習で出会わなければ、きっとこんなふうになかよく話せてはいなかっただろう。
 人とつながることが楽しいことだということを、教えてくれた。

 人との関係をつくる中で悩むこともあった。
 人間関係の奥深さを知った。
 その問題が解決されていくのを間近で見た。
 世の中にはこんな世界があったのかと初めて知った。

 自信をくれた。
 褒めてもらった。励ましてもらった。
 自分にもできることがあるのではないかと思えた。
 仕事もっと頑張ろう、夢に向かって努力しようと思った。
 前とは違う気持ちで仕事を頑張れる気がする。

 学ぶ楽しさを知った。
 今まで、一人でやる学習は苦痛に陥ることも多かった。
 周りの人と一緒なら、楽しさもつまらなさも共有できる。
 学習講座がどれだけ重要なのか、身をもって知った。

 行動の大切さを知った。
 仕事をしても、意外と多くの時間が残されていることに気づいた。
 有効に使えば、そして行動に踏み切れば、かなりいろいろなことができる。
 やりたいことがあるなら行動に移そう。夢に向かって努力を続けよう。
 やろうと思ったらできるはずなのだ。

 家に帰ったら大学院の同級生から絵葉書が届いていた。
 私にも私の世界があることを思い出した。絵葉書を送りあうような世界が。
 私が戻っていく日々も、捨てたもんじゃないのだろう。その中にも喜びがある。
 でもその日々は講習に来る前と同じではない。
 いくつものことを知り、体験した私の世界は、すでに以前とは違っているのだ。

 この講習に来たことで、私が学習についてどれほど貢献できるかはわからない。さっぱり貢献できないかもしれない。
 でも、少なくとも私に、この講習はいろいろなものを与えてくれた。
 日々の仕事の中で、なんとかして、それを活かしたい。
 学習に関することでも、できるなら。すぐに何か言えなくても努力してみよう。

 来させていただいて本当にありがとうございました。
 一緒に勉強させていただいて、本当にありがとうございました。
 みんな、大好きです。

 また会えますよね。
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by hyuri07 | 2007-08-25 22:38 | そのほか。

友達論11。

 なかよくなるって、どういうことだ。

 私にはなかなか人に見せられないDの面(dark side)がある。黒くて醜くて嫌な面だ。見せたくないとは思っているが、隠し切れずに見えてしまうこともある。そんなとき、今まで築いた相手との関係が一気に崩れてしまうのではないかと、よく不安に思っている。相手が自分のことをどう思っているのか、いつも気になる。

 その運動を理解するには自分でやってみなければならないという話を聞いた。さかあがりを理解するにはさかあがりができなければならないと。聞いて、運動は特別なのだろうかと思った。運動と同じように考えれば、「うれしい」という言葉を理解するのに「うれしい」と思う体験が必要なはずである。しかし、「うれしい」という気持ちになったかどうか、客観的にはっきり判断することはできないのではないか。周りの人は、その人のしぐさなどから気持ちを想像することしかできない。心を取り出して、目に見えるような形で検証することはできない。

 人の気持ちってそういうものかもしれない、と思った。心は、目に見えない。しぐさや言動から想像はできるが、相手が自分のことをどう思っているのか、完全にはわからない。何かが通い合った気がしても、はっきり検証することはできない。相手の心を追体験することはできないのだ。体験できるのは、自分の心だけなのだ。
 それならば、私の周りにいる人々との関係も、私が変われば変わるのではないか。両者の関係を規定しているのは、私の心と想像なのだ。心を思うままに操ることはできないだろうが、想像の仕方を変えることはできる。同じしぐさを、良いほうにも悪いほうにもとれる。一方向的な気持ちの流れしか考えていなくて、少し寂しく感じるときもある。しかし一方で、自分次第で関係が変わっていく、わくわくするような感覚もある。そう考えるとき、相手が自分をどう思っているか、びくびくする気持ちは薄れる。
 相手の気持ちは想像と違っているかもしれない。しかしもともと相手の気持ちを完全にはっきりと理解することはできない。相手への気持ちというのはもともと一方通行なのだ。相手とうまくいかないとき、想像の仕方を変えてみるのはどうだろうか。相手は本当にそう思っているのだろうか。今している想像には、思い込みや先入観、期待などが過剰に含まれていないだろうか。

 なかよくなるって、なかよくなったと思うことだ。

 人は一人だと思うことも多い。相手の気持ちがわからなくて悩むことも多い。
 幻かもしれなくても、なかよしがたくさんいると思うほうが、そして幻でないと信じられる関係があるほうが、幸せに生きられるのではないかと思ったりもする。
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by hyuri07 | 2007-08-23 22:18 | 友達論

友達論10。

親しくなるとき、どこを見ているのか。

「のりが似ている」
「考え方が似ている」
「好きなものが似ている」
「こいつ、おもしろい」
「こいつ、好きやなぁ」
「こいつ、いいやつやなぁ」

そういうようなことをお互いに感じることが「通い合う」ということではないか。

しかし一方通行のときもあるだろう。
一方通行のとき、仲良く親しくなれるものなのだろうか。
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by hyuri07 | 2007-08-23 07:57 | 友達論

友達論9。

友達のことは信じているつもりだけれど、
自分のことが信じられない。

自分がどれだけ情けなくて小さい奴かということを、ときどき見せつけられる。
何かが通いあった気がしても、
その情けなさや小ささを思い出すと、
やっぱり一方的な思いなんじゃないかとおそろしく不安になる。

そんなことをもう何年もずっと思っている。
私はこの何年かで、何ができるようになったというのだろう。
うまく言えない分書いて見せてわかってもらうというのも、高校生のころから変わっていない。
落ち込んだとき自分で立ち直ることができなくて人に悩みを垂れ流してしまうのも一緒だ。

ただせめて、いつも相手のことを好きでいよう。
何ができるか考えよう。
目の前のすべきことをちゃんとしよう。

解決策が見つからないなら、
間違ってはいないだろうことを積み重ねてみよう。

そらをみあげる。
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by hyuri07 | 2007-08-20 20:47 | 友達論