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すべてが流れたら。

その瞬間はすべて忘れられる。

でも、自分がやらなきゃ解決しない。
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by hyuri07 | 2010-02-28 01:28 | そのほか。

いいこと。

結婚式ってなんのためにするんだろう。

たぶん、相手をみせびらかすため、ではない。自分たちのらぶらぶぶりを見せつけるため、でもない。
周りの人に感謝の意を表すためなのだろうなあ、と、いとこの結婚式に出て思った。

よく考えたら、生まれたころからずっと知っている。子どものころはよく一緒に遊んだ。会う頻度は変わっても、26年ずっと、疎遠になることなくしばしば会っている。思っていたよりも感慨深かった。三人姉弟のことももちろんよく知っているので、きょうだいがプレゼントを贈りあったりする場面はかなり泣けた。

でも、感謝の意を表すためなら、なぜお色直しをしたり、あでやかな衣装を着たりするのかなあ。

結婚式の型のようなものがあるのだろう。
たとえば自分が結婚式をあげることになったとき、式場の方と、
「ここ、どうされますか」「えーと・・・みなさんどうしてるんですか」
「そうですね、やっぱりこうされる方が多いですね」「じゃあそれで」
みたいな会話を繰り返すのではないかと思えて仕方がない。

結婚式ですべきことってなんだろう。したいことってなんだろう。
それを一つずつ考えて実行するのは恐ろしく手間だから、
すでに作られた様式に乗っかってアレンジするような形になるのだろうか。

ただたぶん、すでに作られた様式というのはかなり磨かれたものなのだろう。
やっぱり泣いてしまうのだ。
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by hyuri07 | 2010-02-24 00:05 | そのほか。

フィギュアスケート男子シングルフリー@バンクーバーオリンピック。

私も、泣いた。

選手の滑りはそれぞれ個性的だ。だから自分好みの滑りの選手というのがいるのも自然なのだろうと思う。
私の場合、「芸術的」と呼ばれる滑りの選手が好みなのかなあ、と見ていて思った。そういえば古くは長野五輪銅メダルのフィリップ・キャンデロロ選手がとても好きだった。銅メダルの演技は今でも断片的に覚えている。
それでSPのときにそんな記事を書いたのかもしれない。

高橋選手の滑りは間違いなく私の好みだ。今日見た中では、ランビエール選手やウィアー選手の滑りも好きだ。それから初めて見て釘付けになってしまったのが、フランスのアモーリオ選手。曲は映画「アメリ」ほかとのことだったけれど、映画のストーリーに、曲から感じる自分なりのストーリーを重ねているようだった。解説の本田さんによればジャンプも高くて回転が速いそうで、技術も備えているようだ。さらに実力をつけて人気選手になりそうな気がしてならない。

ランビエール選手の曲は「椿姫」で、衣装は王子様のようだった。プリンスの優雅さ。スピンが本当に綺麗だった。
ウィアー選手は、ラジオの実況の方が、3連続ジャンプが2連続になったとかネガティブなことを複数回話していたので、これで高橋選手がメダルを取れそうだと勝手に安心していた。しかし映像を見てみたら…素晴らしい。衣装の白い袖が羽みたいで、ふわりと降りてきた。トリノ前あたりからいいなあと思っていて、バンクーバー前に彼を追ったドキュメンタリーを見たこともあって、ちょっと贔屓してしまう。バラの冠がよく似合う。得点が低いことに対する観客のブーイングを沈めようとする、彼の優しさにまた釘付けだった。

小塚選手はこの数ヶ月、というかバンクーバーに入ってからだけでも、めきめきと力をつけたような気がしてならない。勝手にひ弱そうなイメージも持っていたが、大舞台であれだけのびのび滑れて、初めて試合で4回転ジャンプを成功させて、というのはものすごいことだ。
守るもののできるこれからのほうが、その気持ちを持ち続けるのは大変なような気もしますが。またのびのびと実力を発揮する姿を見たいなあ。
織田選手ははじめのほうから顔が緊張しているように思えた。チャップリンの表情がどこか振り切れていないように感じた。

高橋選手の滑りには熱さがある。情熱がある。たとえばプルシェンコ選手がタンゴを滑っても、熱さというよりは大人の優美さのようなものの方が強調されていたように思えた。
そしてフリーの曲は「道」。つまづきそうになったり、悩むことがあったり、喜びがあったり。その一つ一つに、高橋選手のスケートをやってきた道のりからくる思いがこめられているのがわかった。どんな思いなのかどんなストーリーなのか、演技後にインタビューで聞かれても言葉では表せない。それは高橋選手が、それらを言語化せずにそのままスケートという形で表現したからだ。彼にはそれができるのだ。
高橋選手の思いが、熱が、スケートから伝わってきた。気付いたら泣いていた。まさか泣くとは思わなかった。

私がいまだに覚えているのが、銅メダルのキャンデロロ選手の演技であるように。
何回も先のオリンピックでまたフィギュアスケートを見たときに私が思い出すのは、間違いなくライサチェクでもプルシェンコでもなく、高橋選手のスケートなのだと思う。
間違いなく、いちばん好きな滑りだった。
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by hyuri07 | 2010-02-20 02:58 | スポーツ観戦。

りず。

オリンピックに興味のない人だっていると思うし、べつにおかしなものを見るような目はしないから。

オリンピックが大好きな人のことを、見下したようなまなざしで見るのはやめていただければ。
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by hyuri07 | 2010-02-20 02:36 | スポーツ観戦。

友達論64。

飲み会に遅刻することが無言の批判の対象となるようなつきあい、というのも新鮮だ。
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by hyuri07 | 2010-02-19 07:21 | 友達論

フィギュアスケート男子シングルSP@バンクーバーオリンピック。

ジャンプは跳んだ。その先を分けるものは。

高橋選手はラテンのリズムと情熱を、そのステップで滑りで表現しているようだった。
プルシェンコ選手も、アランフェス協奏曲独特の叙情性みたいなものを表しているように思えた。
小塚選手のロックギターの曲はほかにあまりなくて目立っていた。前に見たときよりもロックの力強さを見せているように思えた。
ランビエール選手のウィリアム・テルは英雄が表現されているように思えた。『のだめカンタービレ』コミックスで使われていたこの曲。こんな感じだったんだ。のだめでの予習のおかげでよりストーリーが見えた。

「表現力」という言葉を使うなら、こちらも感性で受け止めたい。

男子のフィギュアはあまりきちんと見ていなかったので、スピンやステップで、どれくらいがレベル4なのかいまいちわからなかった。
だからよけい「表現力」に目が行ってしまったのだろう。
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by hyuri07 | 2010-02-18 07:25 | スポーツ観戦。

スキーフリースタイルモーグル女子決勝@バンクーバーオリンピック。

上村選手の滑りを見て、涙を見て、日本人はやっと気付いたんじゃないだろうか。メダルがすべてではないと。

泣いているとは思わなくてびっくりした。インタビューに出てきた上村選手の赤い目を見て。
オリンピックという場所で自分の力を出し切ることがまず難関だと自分の力を出し切るということはクリアできた、と話す上村選手に、言えることなんて無かった。
ただ、私も泣いてしまった。
流れてきた日本生命のCMでも、泣いてしまった。

上位の選手たちは速かったし、強かった。

自分の力を出し切ることの尊さを、
上村選手が教えてくれた。
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by hyuri07 | 2010-02-14 23:21 | スポーツ観戦。

とめ。

周りを見渡さずにはいられない。周りに気を遣わずにはいられない。
気を遣った行動ができるわけではないけれど、
ただ、見えるから、やり方がはっきりわかることはできる。

人の話を聞くのは好きだ。
相槌を打つのは下手だけれど。そして自分から話を振るのも下手だけれど。
だから、いつも必死でいることで、相手の信頼を得るしかない。

あと、相手に笑顔を向けること。
笑顔なしで相手の信頼を勝ち取る自信はまったくない。それができる人はよっぽど力のある人なのだろうと思う。
にこにこするのも仕事だと思う。愛想が良くてなんぼだと思う。
それを「媚びやがって」と言われると辛い。

だけど私は、そういうことをしている自分が好きなんだろうか?
そういうことをしているとき、楽しさや喜びを感じているのだろうか?
自分のそういうところをもっと伸ばしていきたいのだろうか?

嫌いとも言えない。でも好きなのかどうかわからない。

私には何ができるんだろう?
私に課せられた使命は何なのだろう。
どうしたら、いちばん人の役に立って、自分を使いきれるのだろうか。
どうしたら幸せを感じるのだろうか?

選べない。
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by hyuri07 | 2010-02-10 00:10 | そのほか。

友達論63の2。

その人が大切にしていたり、ひそかに頑張っていたり、誇りを持っていたりすることを、見つけて伝えるのが好きだ。探すことで、自分の目が磨かれる気がする。
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by hyuri07 | 2010-02-09 07:37 | 友達論

友達論63。

人のいいところを見つけて伝えて、喜ばれるのが好きだ。

媚びているのじゃないつもりだけれど、
そう見えているのだろうかと思って、言えなくなったこともある。
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by hyuri07 | 2010-02-07 00:24 | 友達論