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のだめカンタービレ最終楽章後編。

単行本を読んだときにも思ったけれど、
「のだめ」の音楽(=その人が追いかけているもの)を描いた部分だけじゃなくて、
それとからんでくる恋愛の描き方が好きだ。

どちらかがどちらかを支えるだけじゃなくて。
相手に逃げ場や癒しだけを求めるんじゃなくて。

一人で旅をして、また戻ってこようと。
お互いががんばることで、お互いを引っ張りあげていこうと。
見失わなければいいと千秋は以前言っていたけれど、今回は完全に見失っている。
それでも、また戻ってこられた。

それから、
頑張って刺激を与え合う部分と、お互いの存在に癒しを感じる部分は、「ちゃんと分け」ようと。

刺激だけでなく、癒しだけでなく、
両方あることで、よけい相手の事を好きになれるんじゃないか、
よけい愛し合えるのではないか、
という提起は、重要だと思う。
うまく「分け」られなくて、二人の関係そのものが壊れてしまうような恋愛小説やドラマは今までよく見てきたような気がする。

二人が同じようなモチベーションで、
刺激だったり、癒しだったり、をしながら生きていけたらいいな、と思う。
ときに合わなくて、疲れたり寂しかったりするかもしれない。
それでも諦めないで、自分の思うことがありつつも
相手をできるだけ思いやって、一緒に生きる道を探りたい。

漫画とは少々違うところもあったけれど、
まあ、映画らしくするためには、と思える範囲内。
わかりにくいところをわかりやすく提示してある。その提示の仕方も目くじらたてるようなものはない。
きっと脚本家の方も「のだめ」がすごく好きなんだろうな、
だからわかるんだろうな、外さないんだろうな、と思う。

それにしても、これだけ長い連載を、
最後まで息切れしないで、エンディングまでぶれずに、
余韻を残しながら壮大に描ききったというのは本当にすごい、と思う。
(しかも、おまけを一巻分描くほどの余力を残しているのだ)
長く連載した漫画のこれだけ見事な終わり方というのは、よく考えたらそうそう見たことがない。
そしてそれを最後まで映像化できたのも、フジテレビの力があってこそ。
ドラマが始まったときは、まさかこれが最後まで、ヨーロッパまで行って映像化されるなんて思ってもみなかった。
映画の回想シーンで連ドラのときの映像も出てきたけれど、
このドラマが最初からきちんと作りこんであったことがわかる。
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by hyuri07 | 2011-04-24 02:00 | 映画

じみじみ。

復興って、もとどおりのまちにするだけじゃなくて。

前より、いいまちにしよう。

失われた命は戻らない。
その意味で、前よりいいとは言えない。

それでも、心を寄せ合って、力をあわせて、
列島中、前より好きになれるまちにしよう。

前を向いて、希望を持って生きようとする人々がテレビに出てくる。
記者も私たちも、明るい話題に救いを求めている。

でも、前を向けなくたって、大事な人を失った悲しみから抜け出せなくたって、
大事な人に会えなくて気持ちがさまよい続けていたって、
そんなの普通だと思う。
自分を責めることは、ない。

ただ、一日を生きるだけでいいと思う。
それが、どんなに奥深いことか。
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by hyuri07 | 2011-04-11 23:10 | project 100

さらすな。

今日で異動される先輩は、
「6年もいたのに、最後はあっけない」と言いながら、帰っていかれた。
書いた手紙は渡せなかったけれど、なんとか気持ちを言葉にできたから、いいや。

1年目のときに先輩が、自分も周りもかなりあっさりと異動されるのを見て、どうしていいのかわからなくなった。自分の中には、寂しい気持ちがあったから。できるなら、寂しいときは寂しいと言いたいと思った。
(http://hyuri.exblog.jp/8313234/)

異動とはそういうもの。友達も同期の子もそう言った。
異動の時期を何回か迎えて、その言葉がなんとなくわかるようになった。毎年、誰かが職場を離れる。毎日顔を合わせていた人とめったに会わなくなる。とはいえ、つきあいがぷっつり途切れるわけではなくて、これからも会う。
「そういうもの」だから、仕事上避けられないものだから、寂しいという感情を表すのは省略するということで、暗黙の合意が交わされているのかもしれない。

それでも私は、寂しいなら寂しいと言おうと思った。
異動に、慣れてしまいたくないと思った。

今日、先輩に寂しいと言ったら、先輩はちょっと喜んでくださっているようだった。
私は、そうやっていこう。

そうやってわかるようになることもあるのだな。
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by hyuri07 | 2011-04-01 07:40 | 日常生活。