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友達論68―めざましテレビ「ココ調」。

友達の数は、その定義次第。

友達が千人いるという若い女子を白い目で見てはいけない。彼女にとってはみんな友達なのだ。自分が友達だと思ったら友達なのだから。そして、友達がたくさんいると言い切れることは、いないことや少ないことを不安がるよりずっと幸せなことだと思う。

過去の「友達論」を応用すると、考える糸口が見えてくることがある。

その定義がテレビで伝わるよう見える形で示すのに、「あいさつをする」「顔と名前を知っている」など具体的な行動をあげて、それをする人は友達なのか判定する、というやり方はおもしろいし新しいと思った。さらに高いハードルについても、もう少し検証されるとおもしろかったかも。

友達が何人、という数で示すというのも面白いと思った。
親友が何人、という質問はこれまでにも聞いたことがあったが、それよりも友達の数を問うほうが、今は身近で答えやすい質問なのかもしれない。私も、親友の数を聞かれるとその線の引き方に困るが、友達なら親友のボーダーラインあたりにいる人はみな当確なので、何人かは指を折って数えることができる。
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by hyuri07 | 2011-11-30 01:27 | 友達論

みかんげり。

昨年自分たちのバンドが演奏した「Samba del Gringo」の動画をYou Tubeで見る。
横の関連動画に、同じ曲を演奏した他のバンドの動画がたくさん出てくる。日本だけでなく、どこの国なのかわからないバンドのものも。
これだけの人と同じ曲でつながっているんだ、一緒に演奏することもできるんだ、曲を介して話ができるんだ、と思うと嬉しくなる。それもスタンダードの曲とは違って、みんなこの細かいラテンのリズムやサックスの速いフレーズを練習したのだろうなあ、という、より強い同志意識を覚える。

あちこち聞き始めるとなかなか楽しい。もとはGordon Goodwin's Big Phat Bandの曲で、音符やリズムが細かくてちょっと難しいので、選曲するのはある程度以上の演奏のできるバンドばかり。ほとんどがアマチュアバンドのようだが、どの動画を開いてもなかなかの演奏をしている。自分たちを他と比べて自信をつけるというのはちょっと厳しい。
その中でもいろいろの演奏がある。「ここはうまい」と思う、基礎技術のしっかりしたバンドもある。クラリネットのソロが原曲のソロを完コピしていたものには驚いた(そんな速くて難しいフレーズが吹けるのならアドリブも吹けるのではないか、と思うのだが、きっとそんなにうまくはいかないのだろう)。ソロをギターが弾いているものはいくつかあった。なぜかトランペットの人がフルートに持ち替えているバンドがあったり。社会人のおじさまたちの演奏はリズムがどっしりして貫禄があって。うちのバンドの演奏も、スタッカートをテヌートにしているところがあったり、途中でパーカッションのソロがあったりと、独特という点ではかなりのものだ。

一つも、同じ演奏はない。
同じ曲なのに、おそらく同じ楽譜を使っているのに、どれだけでも違う演奏ができる。
細かい音符の書かれた楽譜があっても、
やっぱり、ジャズは自由なのだ。

そんなことを思った。
そんなこんなで楽器を手にしてみると、たくさんの動画を浴びて影響を受けたのか、
なんだかいつもよりいい音が出ているような気がしたのだ。

なんだか暇な祝日を過ごしたような記事だ。(本当は仕事をしながら聞いていたのだけれど)
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by hyuri07 | 2011-11-23 22:36 | 音楽

そか。

仕事だと思ったから頑張ったのだ。
これが趣味なら、
全部やめて、もっとそばにいてあげればよかった。
でも時間はもう戻ってはこないのだ。
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by hyuri07 | 2011-11-18 20:41

そのとき。

だれも、たすけてなど、くれない。
一人で、解決しないと。
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by hyuri07 | 2011-11-16 21:36 | そのほか。

キンキキッズの新曲。

王道フォークデュオ。拓郎さんの曲。クオリティ高くてよいなあ。
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by hyuri07 | 2011-11-14 00:19 | 音楽

ふれちがい。

人生は、ここにいるだけじゃない。

ニュージーランド帰りの女子と、アメリカへ行こうとする女子。
仕事の休みも取れずに、しばらく海外に行っていない私。アジアから出ていない。
でも、好きだって言える仕事、やりたいって言える仕事があるのは幸せなことだ。
仕事に就くのが遅かった分、私にとっては今が、必死で仕事をして仕事を覚える時期、やれることを増やす時期なのだと思う。仕事に就くまでに回り道をしているから、「脱線欲」はまだそれほどないのかもしれない。

とはいえ、そんな女子たちと話をするだけでも、自分の世界が閉じていたことに、狭いことに気付かされる。
仕事でいろいろな方にお会いして話を聞くと、世界が広がる気がするけれど、それは今の職場というフィルターを通じて探された人なのだろうなあ。
料理とか、飲み会でお皿に取り分けるとか、セッションとか、毎日の中にも飛び込んだことのない未知の世界がごろごろ転がっている。
失敗したらどうしようと思うけれど、失敗しないと身につかないのだろうなあ。
30代になったら、失敗したらいっそう白い目で見られるかもしれないけれど、怖いけれど、早くしなくちゃ一生できないのだろうし。
年を聞かれなければ20代にも見えるうちに、それに便乗して、失敗しておかなければ。

やったことのないことをしてみよう。失敗しよう。
そう思うと、20代でやり残したことはけっこうあるのかもしれない。30代になってもたくさん失敗する自分を思うと怖くなるし、落ち込む。

ああ、年なんて気にしないで、ずーっと、失敗できる自分でいたい。
失敗を怖がらないで、新しいことに飛び込める自分でいたい。
自分のできることだけで自分の世界を完結させないように、いつも気をつけていよう。
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by hyuri07 | 2011-11-04 00:21 | そのほか。

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昼休みにランチに行く気も、買い物に行く気も起こらずに、ただお弁当を食べているほうがいいやと思ってしまう。
なんでそう閉じてしまうのだろう。
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by hyuri07 | 2011-11-02 12:40

いくつめかの。

明るいって、いじったり、自分を落としたり、家族を落としたり、くだらないギャグを思いつくまま口に出してみたり。
話を聞いて笑ったり反応したりするところから、一年半かかって「いつでも、どうにでもいじれる」と思ってもらえるように。とはいえ、いじられ待ち。課の人たちにさえ、いまだに、自分から話を切り出して盛り上げることは少ない。
周りの人が変われば、いつまた暗い毎日を送るようになるかわからない。

今は、周りが明るいから、それに乗せられて明るくできているだけなのだろう。そう思うと、今の明るい日々も束の間なのではないかと怖くなる。

もう少し明るさを自家発電できるといいのだけれど。
多分、結構大きいジャンプが必要だ。

少しずつ自分が変わらなければならない。

謝り続けるのをやめて、次、やらないようにしよう。

毎日うつうつとして気分が上がらないでいたら、心配された。
でもよく考えたら、昔は毎日、仕事中はずっとこうだった。
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by hyuri07 | 2011-11-02 00:06 | そのほか。

やはる。

明るいってなんだろう。

本当に落ち込んで、頼りになる人も物理的に離れた場所にいたとき、
課の明るい雰囲気がなかったら、きっと相当生きづらかったのだろうと思う。

仕事で写真を撮るとき、「表情が固いね。いつもにこにこしているイメージがあるんだけど」と課の先輩に言われて、ちょっと嬉しかった。

本当に困っていても、部屋に入ったら笑っていようと思って、実際、笑える。
落ち込み続ける気持ちとのギャップが大きいなあ、と辛くなったりもしたけれど、
無理やりにでも笑っているから、究極には落ち込まなくて済んだのだと思う。
(一日の途中で本当に笑えなくなったことは何回かあったけれど)

きつい突込みをしたら、「って、○○くんがいっとったよ」と、適当に他の人に押し付ける。
質問をして相手が答えに窮したら、ひとまず、こける。
課長の心配りももちろん大きい。
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by hyuri07 | 2011-11-01 02:07 | そのほか。