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かいたい。

きえたくなる。

誰の役にも立てなくて。

イベントって一人だとそんなに行きたいと思わない。

ひとりぼっち。

もっとつながっていかなくちゃいけないのだろうけれど。

人見知りというか。
肩書きのない自分には何の自信もない。
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by hyuri07 | 2013-11-23 20:46

めやう。

若者の力を集めたら、本当に、動くかも。
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by hyuri07 | 2013-11-22 00:49

あかりとりの窓。

奥山貴宏さんが肺がんで余命2年と診断されたのが、31歳。

そのことに、つい最近気付く。

31歳、まだ何も始まっていないって、思う。

いや、多少は始まっているかもしれないけれど、走り始めたばかりだ。
いくつかは形になったものがあったとしても、それはまだ過程だ。
見返すと、まだまだだと思うことがたくさんあって、だから次はもっといいものを作ってやる、と思う。

奥山さんと私に共通のことで言えば、子どももいない。

生きてきたことに何の意味があったのだろう?と、私なら思うかもしれない。

だけど奥山さんは、本人にその意図があったかどうかはともかく、その人生に確かなものを残しにかかった。
モノ書きとしては、かなえたい夢。亡くなるまでの2年4ヶ月の間に、自分の名前で3冊の本を残した。小説家デビューも果たした。
今もそれらはちゃんと残っている。文庫化もされたし、図書館にも他の本と並んできちんと立っている。

いつも、好きなものを、いいと思うものを、大切にしていた奥山さん。

31歳。
人生はいつ終わるかわからない。
もう、折り返し地点を回っている可能性も高い。
それでもまだ始まらないって、人生はなんて険しいんだろう。
私がぐずぐずしているだけかもしれないけれど。

奥山さんに見えていたのは、
日にちは切られていないけれど、そのうち日常がぷつんと終わってしまうという人生。
終わりの見えている日々。

だけど、かなり最後のほうまで、奥山さんには、自分の可能性が果てなく広がっているように、終わりが見えないように、感じていたのではないかと思う。

できるなら、広がった人生を生きたい。終わりの見えない人生を生きたい。

2年4ヶ月あれば、本も書ける。別に、余命を宣告されていなくても。
かなえたい夢があるなら、たとえ過程にしかならないとしても、形にして一歩前に進むチャンスは、きっといつだって誰にだって転がっているはずなのだ。

http://www.publiday.com/blog/adrift/
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by hyuri07 | 2013-11-06 23:26 | そのほか。

みづ。

31歳というのは、奥山貴宏さんのガンがわかった年だ。
余命2年と宣告された年だ。
それに、つい最近、気付いた。

まだ何も始まっていないって、思う。

子どもがいるわけでもないし。

生きていた意味は何もなかったのかなって、思うだろう。
怖いだろう。
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by hyuri07 | 2013-11-05 23:58

りくりく。

「プロでもない、素人でもない、アマチュアの成せる業」
あまちゃんでの太巻さんの言葉。
私がバンドで目指すものはそこなんじゃないかと思う。
多分、バンドの目指すものも、そこにあるんじゃないかと思う。
プロもアマも区別なんかない、という考え方もあるけれど、やっぱりそれで飯を食っているプロを尊敬する気持ちは消えない。それは技量の問題ではなくて、音楽への覚悟、というか。
私自身も、音楽はアマチュアだけれど、書くことは、広報は、お金をもらうことでなくても、プロの気持ちで、仕事の気持ちでやっているから。(このブログのことではないけれど。)
アマだからこそできることもあって。そこに甘えては、絶対、いけないけれど。
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by hyuri07 | 2013-11-05 22:42