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しずすず。

なかよしの同期の女子たちと、そろそろ飲みに行こうかってひと月も前から約束して、頑張って早く仕事を早く切り上げて一緒に歩いてお店に向かったり。
なかよしの先輩たちと飲んだり、久しぶりの人と飲んだり、緊張する飲み会があったり。
別にそのために仕事をしていたわけじゃないけど、なくしてみると、得ようと思って得られるものじゃないことに気付く。
同じ社の人だろうが、なんだろうが、いろいろな人と出会って話す機会があるということ。
楽しい時間があるということ。
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by hyuri07 | 2014-10-31 22:44

信長協奏曲。

 大河ドラマよりもこれは、いいかもしれない。
 
 だって、いけめんばっかり。みんな若くてかっこいい。小栗旬くん、向井理くん、その他もろもろ。素敵素敵。柴咲コウちゃんは同い年くらいで、まだまだちゃんと月9のヒロインでいてくれることに勇気をもらう。
 これは史実を知っているとよりいっそう楽しめると思う。今やっていることが史実どおりなのか違っているのかすぐにわかるから。例えば携帯でぐぐりながら見るとかもしなくていい。さすがに私このあたりはどこが史実か頭に入っている。義龍のこと、長良川の戦い、国譲り状。ということは、義龍に家督を譲った後の道三が信長と話をしていたのは鷺山城で、これはもう、超、地元。
 このドラマで、若い世代の皆様にも、岐阜のことも、信長のことも知ってもらえたらいいなあ。中高生の皆様は日本史の勉強にもなるよー。全国の小栗くんファンの皆様が、長良川の戦いについて調べてくれたりしていたら、胸熱。
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by hyuri07 | 2014-10-20 22:33 | テレビ

秦基博「ひとみみぼれ」。

なんか、どこか、ジャズとつながっている。
「トレモノ降る夜」。ドラムと、パーカッションと、ピアノ、みたいな編成。ベースは入っているのかな、いないかも。バックのプレイが、ジャズっぽい。特にピアノが。
歌はちょっと違うけれど。多分歌い方によってはもっとジャズっぽくなるのだと思う。秦さんのちょっとハスキーな声は芯がしっかりして、やっぱりロックボーカリストなのかなと思わせる。これでジャズっぽいボーカルなら普通なのだ。このジャズな音に秦さんの声が乗るから唯一無二で癖になるのだ。
ライブ盤がすごくいい。メインのベストアルバムももちろんいい、秦さんの声を存分に楽しめるのだけれど。私はこっちが好きかも。普通に仕上げられた曲は、私の好みよりちょっと爽やかにポップスに寄ることもあるから。
ギター一本の弾き語り「フォーエバーソング」。ロック寄りの曲もいい。
「新しい歌」。この声でギター一本でバラードなんて反則だ。デビューしたばかりのころ、初めてテレビで「プロペラ」を歌う秦さんを見て、その場で、その声にやられた。残念ながらこのアルバムにプロペラは入っていなかったけれど。
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by hyuri07 | 2014-10-11 00:09

U2 "songs of innocence"。

これは、かっこいい、、。

iTunesで無料ダウンロードできたので聞いてみた。そうじゃなかったら多分聞かなかっただろう。
今の日本の若いバンドがやっていることを軽く飛び越えて、ずっと高品質にやっている。どこか琴線に触れるメロディーラインは今も。声もいい、他と違う声。古さは感じない。最初の一音で、他の曲にかえられなくなった。
高校生のころ聞いていた。のめり込むほどではなかったけれど、間違いなくかっこいいと思った。ちゃんと時代とともに歩いて、音の傾向をつかまえて、今の時代に聞きやすいものになっているけど。U2のかっこよさの根幹は変わらない。
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by hyuri07 | 2014-10-09 08:42

そのまま。

2004年9月29日にブログを始めました。
そのころの私は、大学四年で、就職活動を諦め、親のすねをかじって大学院へ行こうと勉強を始め、おぼろげながら公務員試験を受けようと思い始めたころでした。
そのころ毎日見ていたのが糸井重里さんのところの「ほぼ日刊イトイ新聞」。
そこで吉本隆明さんのあの言葉に出会いました。

「十年間毎日ずうっとやって、
 もしそれでモノにならなかったら、
 俺の首やるよ」

私はそれを信じることにしました。
就職できなくても、公務員になって仕事で書くわけじゃなかったとしても、ちゃんと文章の書ける人になりたい。
吉本隆明さんが言うくらいだから、10年間毎日書き続けたら、もしかしたら本当に、なれるかもしれない。

…とはいえわりとすぐ、書けなかった日もありましたが、あんまり気にせず、できるだけ毎日、一行でもいいやと書いていました。本当に一行の日が多々ありました。まだTwitterなどなかったころです。

10年ははっきり言って、長かった。
「まだ4年か」「まだ6年か」と何度も思った。なかなか、やってこなかった。

6年目に広報に異動になって、初めて仕事で、人に見られる文章を書き始めました。それまでも、事務文書やご意見へのお答えのお手紙とかは書いておりましたが。先輩にばかばか直されてもとの文章が跡形もなくなる、ということがしょっちゅうでしたが、やっぱり人に見てもらうと、上達速度が全然違うんだ、と実感しました。

そのあたりからブログの更新は滞りがちに…。
でも、仕事も含めたら結構書いてるよな、と思って、まだ諦めてはいませんでした。

そんなこんなでやっと10年が来て、私はやっと夢への入口に立ったところです。

これを読めばわかるとおり、文章が上手くなったとは全く言えず、書けなくて苦しみ、先輩の赤字で原稿が真っ赤になることの繰り返しで、よくない文章なのはわかってもよく書けないのが辛くていたたまれなくなったりします。

まあ、毎日ずうっと書いていたわけじゃなくてたくさんごまかしていたから、いっちょまえになっていないのも当然です。

でもやっぱり吉本隆明さんは正しかったと思います。

10年は長くていろんなことがあった。悲しいこともあった。吉本隆明さんも亡くなってしまった。

これを書く日を10年間夢見ていたのかもしれません。
10年後の自分なんて想像もできなかったけれど。
本当は、泣き言をぽろぽろこぼしている場合じゃないのだ。
今、ここにいられることは、とても幸せなことなのだから。

あと10年、毎日ずうっとやったら、今度は本当に、いっちょまえになれるだろうか。

私は、自分の感じたことを書こう。
もちろん、理性を使ってまとめることも必要だと思うし、これからも訓練をしていくけれど、それはもっと得意な人がたくさんいる。
でも私は、自分の心だけは、感覚だけは信じている。
できるだけその場に行って、人に会って話をして、感じたことを入れて書こう。険しいけど、私の行く道はそっちにあるんじゃないか。

と、今は思っている。
10年後はどう思っているだろうか。

今も、10年後の自分は、想像もつかない。
この先もなんとなく続いていく人生にはしたくない。ちゃんと、やりたいことに向かっていける人生にしたい。
10年後で無理ならその先でもいいけど、夢に近づいていけるような努力を続けていかないと。
夢のもう少し具体的な形も考えたいな。まだ、とてもおぼろげだ。
今は、今の仕事で一杯一杯だけど、そのうち、見えてくるものもあるのだろうと思う。
文章だけじゃなくて、何かをつくること、岐阜で何かすることも、その中には含まれていると思う。

そして、大切な人を大切に。
ここのところ、岐阜から支えてくださった何人もの方に、本当に感謝しています。
本当に、こんな私なのに。

でも、10年経ったから、できるようになることもあるかもしれない。
そう期待して、まずは目の前のことを、なんとか。
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by hyuri07 | 2014-10-01 01:23