郡上八幡での、夏のまとめ。

 一人でいたけれど、いろいろな人のことを思い出していた。

 本当に、水とともに暮らしていた。「生活に水が入り込む」という、どこかで聞いた表現がぴたりとくる感じがした。観光客もたくさんいたけれど、水は生活の場だった。川際に洗濯物を干していた。一軒ごとに、川べりに降りる階段があった。川際のおしゃれな建物に法律事務所が入っていた。きっとそこの景色やそこの感じが好きだから、そこに構えたのだろう。
 まちづくりへの興味が再びふつふつとわいてきた。人々がつながりあうまちでは、確かに一人になれないときになかなかなれない部分はあるのかもしれない。しかしそれ以上に、犯罪防止につながる可能性があるということに魅力を感じる。風通しのよいまちでなら、犯罪は減りそうだ。一人になりたい人を無理やり参加させるのではなく、一部の人だけでもそういうまちづくりを進められたら、そのまちの雰囲気は一人になりたい人にも伝わるのではないだろうか。大学生や大学院生のころの一人になりたかった私を振り返っても、それならありがたいと思ったのではないかと思う。安心して住める地域になったらありがたい。
 私にできることはまだ少ない、ほとんどないだろうけれど、インターンに行った経験が少しでも実を結べばよいなあ。
 
 郡上の歴史残る町並みはけっこうな広さだった。人々の協力なくしてはできないことだ。そこでは確かに、個人のものも個人の自由にすることができない。規制する条例に反対意見が出るのももっともなことだろう。
 それでも、そこで自分のしたいように勝手にするよりは、約束事を守ったほうが楽しいのではないかとも思う。自分のしたいことを押し通して周りの人々の反感を買うよりも、周りの人と協力し合って、住む人や来る人を喜ばせられたら。「ちょっといいことした」気分に浸ったっていいと思う。本当に自由なものにしたければ、別の場所に建てることも考えられるだろう。

 自分だけのことを思って生きるより、他人のことも考えるほうが、楽しいのではないか。
 私自身のことを言えば、自分のことだけを考えると、どっちを向いて歩いていいのかわからない。
 「誰かのため」とまでは言えなくとも、何か目的があって生きているというわけでもないけれど、
 しんどいとき、思い浮かべる誰かがいなかったら、生きていけないような気がするのだ。
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by hyuri07 | 2007-09-01 21:13 | そのほか。


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