2005年 05月 22日 ( 2 )

ぴりっつ。

「没後100年記念 フランスの至宝 エミール・ガレ展」を見に行ってきた。
彼の作っているのは、花瓶や水差しなどの器がほとんどだ。
しかし実際に花をいけたら、花が目立たなくなってしまうのではないかと思うようなものもあった。
一緒に行った母は、「それは芸術になっているのだから、実際に使うときのことを考えてはいけない」というようなことを言った。
しかし私はなかなかそうは思えなかった。「モード論」の授業を通して、服は誰かが着て初めて服として成立するなあということを感じた。花瓶でも似たようなことが言えるのではないかと思った。
また、展覧会の最後のほうで、彼の晩年の作品である、「手」というタイトルの彫刻が展示されていた。花瓶でも水差しでもなかった。晩年になって彫刻という手段を選ぶところに、何か意味があるのだろうとも思った。
しかし母を説得できるだけの考えは浮かばず、花瓶と服ではやはり違う部分も多いのだろうか、ということを一応の解決策として、その場では気持ちを切り替えた。
それでもまだ、もやもやは少しは残っている。

ただ、どっちにしろ、展覧会自体は、よかった。きれいだったし、それだけではないものも垣間見えた気がした。特に、陶器や、後期の作品が気に入った。それらが、花が生けられたり水を入れられてテーブルに置かれたりしているところを想像すると、ほかになくて斬新だけれど確かにかっこいいと思えるものがいくつもあった。その斬新さはなんだか天才というより仕方なかった。
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by hyuri07 | 2005-05-22 23:54 | モード論

おもいがけず。

個別指導塾でのバイトのとき、中学生の生徒の子が、「今日は大変だった」と言う。
「修学旅行の部屋割りが決まらんかった。一回決まったんやけど、いやっていう子がおったで、もう一回決めなおした。俺は部屋割りの係やったから大変やった」と。
なるほど、と思った。
その大変さは理解できる気がした。
団体旅行での部屋割りというのはなかなか難しい、と思った。
自分を振り返ってみても、高校一年生のスキー合宿でなかなか大変な思いをしたことがある。四人部屋だったのだが、私以外の三人は、学校でもいつもつるんでいるくらいの仲良し組だった。私も彼女らと仲が悪いわけではない。しかし、何が好きかというようなことについては、彼女らとの違いを感じることがよくあった。たとえば、三人がものまねをしながら写真を撮ってはしゃぎ始めても、ものまねができない私はついていけなかったりした。優しい子たちだったので、そういう私をいじめたり、のけものにしようとしたりすることはなかった。なにかするときには誘ってくれた。それでも、親友と同じ部屋だったらよかったのになと、布団の中で何度も考えた。
年を重ねるにつれて、大人な対応ができるようになってきた。テンポの違いを感じる人と同じ部屋になっても、マイペースを貫いたり、多数派のテンポに合わせたりできるようになった。今なら、ものまねに誘われても、なんとかものまねのまねをして笑顔で切り抜ける、誘われる前に別行動をとっておくなどして、悪い雰囲気をできるだけ避けるようにすることができるだろう。
でも、自分の思いをその場では内に秘めて切り抜けるということができなければ、気の合わない子と同じ部屋で泊まることは本当に苦痛だろう。この部屋割りでは嫌だといった子は、そういう行動の存在を知らない、それができない子だったのだろう。
でも、それができない分、素直にものが言える。部屋割りが嫌なら嫌だと言える。他の子のできないこともできる子なのだろうとも思う。

もう一つ、部屋割りが厄介である原因として考えられるのは、それが人の好き嫌いや、気が合うか合わないかなどという、理屈ではわりきれないことが、決定を揺るがすからではないかと思う。
例のスキー合宿の部屋割りは、合宿前に係の子が部屋割り案を四つくらい作って、他の子がどの部屋割りがいいか投票するという形で決められた。私のところにも投票用紙が回ってきたのだが、どうしても書けなかった。一つに決めると、他の案で私と同じ部屋になっている子を、自分が嫌っていると思われるのではないかと不安になった。
建前で言えば、分け隔てなくだれとでも仲良くしなければならないだろう。しかし、どうしても気の合わない子もいる。理屈ではそのことは説明できないのに、部屋割りでは、他の子に気が合わないと説明しなければならない。しかし、自分の思いを内に秘められる子にとっては、気が合わないというのは部屋割りを変える理由にならない。建前を言わなければならない係の子も、彼の思いに賛同することができない。

ちょっととっちらかった気もする。また整理できれば。
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by hyuri07 | 2005-05-22 00:52 | 日常生活。