2007年 08月 23日 ( 2 )

友達論11。

 なかよくなるって、どういうことだ。

 私にはなかなか人に見せられないDの面(dark side)がある。黒くて醜くて嫌な面だ。見せたくないとは思っているが、隠し切れずに見えてしまうこともある。そんなとき、今まで築いた相手との関係が一気に崩れてしまうのではないかと、よく不安に思っている。相手が自分のことをどう思っているのか、いつも気になる。

 その運動を理解するには自分でやってみなければならないという話を聞いた。さかあがりを理解するにはさかあがりができなければならないと。聞いて、運動は特別なのだろうかと思った。運動と同じように考えれば、「うれしい」という言葉を理解するのに「うれしい」と思う体験が必要なはずである。しかし、「うれしい」という気持ちになったかどうか、客観的にはっきり判断することはできないのではないか。周りの人は、その人のしぐさなどから気持ちを想像することしかできない。心を取り出して、目に見えるような形で検証することはできない。

 人の気持ちってそういうものかもしれない、と思った。心は、目に見えない。しぐさや言動から想像はできるが、相手が自分のことをどう思っているのか、完全にはわからない。何かが通い合った気がしても、はっきり検証することはできない。相手の心を追体験することはできないのだ。体験できるのは、自分の心だけなのだ。
 それならば、私の周りにいる人々との関係も、私が変われば変わるのではないか。両者の関係を規定しているのは、私の心と想像なのだ。心を思うままに操ることはできないだろうが、想像の仕方を変えることはできる。同じしぐさを、良いほうにも悪いほうにもとれる。一方向的な気持ちの流れしか考えていなくて、少し寂しく感じるときもある。しかし一方で、自分次第で関係が変わっていく、わくわくするような感覚もある。そう考えるとき、相手が自分をどう思っているか、びくびくする気持ちは薄れる。
 相手の気持ちは想像と違っているかもしれない。しかしもともと相手の気持ちを完全にはっきりと理解することはできない。相手への気持ちというのはもともと一方通行なのだ。相手とうまくいかないとき、想像の仕方を変えてみるのはどうだろうか。相手は本当にそう思っているのだろうか。今している想像には、思い込みや先入観、期待などが過剰に含まれていないだろうか。

 なかよくなるって、なかよくなったと思うことだ。

 人は一人だと思うことも多い。相手の気持ちがわからなくて悩むことも多い。
 幻かもしれなくても、なかよしがたくさんいると思うほうが、そして幻でないと信じられる関係があるほうが、幸せに生きられるのではないかと思ったりもする。
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by hyuri07 | 2007-08-23 22:18 | 友達論

友達論10。

親しくなるとき、どこを見ているのか。

「のりが似ている」
「考え方が似ている」
「好きなものが似ている」
「こいつ、おもしろい」
「こいつ、好きやなぁ」
「こいつ、いいやつやなぁ」

そういうようなことをお互いに感じることが「通い合う」ということではないか。

しかし一方通行のときもあるだろう。
一方通行のとき、仲良く親しくなれるものなのだろうか。
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by hyuri07 | 2007-08-23 07:57 | 友達論